日常の非日常 ge-cの頭ん中

ろたす開業前20代の頃、友人と二人で八王子の名店「圓」の煮干ラーメンを食べた。僕はあまりの美味しさと衝撃で感動してしまった。

自分のお店をやったら「何ラーメン」で勝負するか、何年もずっと考えていてなかなか決まらずにいたんだけど、その瞬間に「煮干ラーメン」でいくぞ!と決めた。

お店を出て、友人に感想を聞いたら「クソまずかった」と言った。

その時、僕の頭の中に、ある光が見えた。

僕が「感動したラーメン」も誰かにとっては「クソまずいラーメン」という事実。これはこれから商売をやろうとしていく自分にとって大きな希望の言葉だった。

例えば、セールス的に「日本で1番売れている」ロックバンドのミスターチルドレンでさえもアンチがいるし、興味のない人が沢山いる。この前、素晴らしい引退会見をしたイチローでさえ批判的な意見がある。

最近、ツイッターを見ていたら、こんな言葉が僕の目に入った。

10人のヒトがいれば、2人には嫌われ、2人には好かれ、残り6人はどちらでもない人になる

商売を始めて、1番大切な事は、自分を信じることだと思う。全ての人に美味しいと言われるラーメンをつくることは不可能だ。

ネットでは「まずい」と書かれる事もある。しかし、誰かにとって、クソまずいラーメンは、誰かにとっては感動するラーメンなんだ。

その友人には感謝している。その友人のおかげでろたすがあると言っても過言ではない。あの時、その友人も「感動した」と言ったら今の僕はいないし、ろたすはなかったかも知れない。

自分で言ったらちょっとサブいけど、どうやら僕はラーメン業界の中では異端児らしく、僕の事を嫌いな人もいる。でも、僕の事を好きでいてくれる人もいる。つまり、煮干ラーメンは「僕そのもの」なんだ。そう考えると煮干ラーメンがなんだかとっても愛おしくなる。

僕の煮干ラーメンを「まずい!」と感じる方もいれば、「めっちゃ美味しい!」と感じてくれる方もいる。 どっちが正しくて間違ってるという事はない。どっちも正解。

気に入ってくれた方のためだけに一生懸命ベストを尽くす。そんな風に僕はこれからもラーメンをつくっていく。

と、まぁ頭では分かっていても、誰もができれば批判されたくないと思う。実際、批判されたらやっぱり数分は凹む。 「まずい」と言われたらいい気はしない。その度にこの事実を僕は思い出し自分に言い聞かして心を穏やかに保つ。

ツイッターを見ていたら、メンタリストDaiGoの言葉にこんなのがあった。

筋肉が傷つかなければ強くならないのと同じように、あなたの心も傷つかなければ強くならない。痛みを乗り越えた先に、あなたは、今よりもはるかに強い心を手に入れることができる。

これも希望の言葉だな。うん。僕はこれからも自分が信じたラーメンをつくっていく。 時々、傷つきながら、僕のラーメンが好きな人のために。

次の記事へ

前の記事へ

シリーズ「日常の非日常 ge-cの頭ん中」の記事一覧