古本屋まるちゃんの人生卑猥っす!

最近、何かと実家へ帰る用があり、ふとした拍子に昔のアルバムを開いた。
僕には4つ上の兄がいるのだが、兄と同じくらい、兄の友達たちにもよく遊んでもらった。その縁を作ったのは僕の父だった。

父は「待つ」という行為が出来ない昔ながらの人間だったので、子供の僕たちをディズニーランドに連れていくことはなかったが、その代わりに待ち時間のない海や大自然の中へ放り込んでくれた。

アルバムの中には、沼津の堤防で濃紺の海に向かって釣り糸を垂らす僕や兄、そして兄の友達たちの写真が数多く収められていた。
一番年の若かった僕は無邪気に笑い、兄たちは少し照れながらもカメラに向かって微笑を投げかけていた。

今となっては猫の額ほどの広さしか感じない町でも、子どもの頃はどこへ行くにも大冒険だった。父が良く僕たちを連れて行った釣り場所は、どこにでもあるような鉛色をした堤防だったが、僕たちにとっては夢の場所だったのだ。
堤防から見た海の、少し怪しい色彩や潮の匂い、停泊する漁船、漁船の腹を打つ「コポッコポッ」という波の音。それらは今でも鮮明に思い出すことができる。

いつも僕の面倒を見てくれた、自分より少しだけ大人の兄の友達たちに甘えながら、沖に向かって竿を投げる。リールが唸りを上げながら、ミチイトを高速で送り出していく。
やがて仕掛けとエサが着水する「ドボン」という音が、沖のどこかからかすかに聞こえてきた。

しばらくすると竿が反応する。魚が掛かったと思ったら根掛かりだったり、根掛かりだと思ったらタコやキスが釣れていたりした。
海の中はいつも不思議で、宇宙のように果てのない魅力に満ちていた。

そのうち、兄の友達の一人が目の前の海に我慢できなくなり「おじさん(父に向かって)。暑いから泳いで良い?」と目を輝かせながら父に尋ね出す。尋ねながら、すでにパンツ一枚になっている。
まだ夏の到来を予感させない5月のゴールデンウィークでも、水面をキラキラと打つ太陽の輝きは、子どもたちの純心を容赦なくくすぐるのだった。

他の釣り客がいなくなるのを見計らってから、兄と、兄の友達たちがいっせいに堤防から飛び込む。立ち昇る水しぶき。広がる波紋。無数の泡。太陽。歓声。
陸で見守る僕と父の隣で、誰かの投げた竿がピクンと跳ね、その竿から潮の雫が一粒垂れた。何もかもが綺麗だった。

実家のアルバムには、そんな彼らと夜釣りに出かけた時の写真も何枚か残っていた。
夜釣り。その言葉を聞くだけで胸が熱くなるのは僕だけだろうか?

金曜日や土曜日の夜。気持ちが一番楽しい時間帯に堤防に着くと、そこはいつもと同じ場所なのに、昼とは全く違う世界が広がっていた。
夜の闇と海面の暗さが混じり合った暗黒の世界。まるで冥府の門が口を開けているような、怪しくも心惹かれる大人の場所。潮の濃度がいつもより濃く、生温い風が通り過ぎていく。
危険が充満していて、堤防と漁船を繋いでいる縄が海面を叩く「パシッ、パシッ」という音が、敏感に耳に伝わってきた。

父は夜の堤防に着くやいなや、いきなりビールを煽っていた。飲酒運転がそこまで厳しくなかった時代だ。
僕たちも、コンビニで父が買ってくれたカップラーメンを開け、家から持ってきたガスコンロで湯を沸かしてみんなで食べた。潮騒に、子供たちが乱暴に麺をすする音が混じる。男だけの世界。

いつもだったら寝なきゃいけない時間に海に来て、カップラーメンを食べたり、恐ろしい闇に向かって竿を振る。
何かいけないことをしているようで、僕は毎回大はしゃぎだった。兄や、兄の友達たちは年上の面子からか僕のように騒ぎはしなかったものの、暗い中で釣りの仕掛けを作りながらジワジワと興奮している熱のようなものが伝わってきた。

僕が中学に入学するくらいで、彼らとの親交は一旦終わりを迎えた。当時の母校はとても荒れていて、特に3年生が酷かった。
毎日、同級生の誰かが恐ろしい先輩たちの餌食になっていた。明日は我が身という状況の中で、僕も序盤から危ない目にあってしまった。
「部活見学の時にガン飛ばして挑発してきた」という根も葉もない因縁を吹っかけられ、3年生の階の踊り場に呼び出されたのだ。

ジャージのズボンをだらしなく腰穿きした、僕より身長の高い二人の先輩に掃除の時間に囲まれた。部活見学で会った先輩の一人にひざ蹴りを食らった。
もう一人の先輩は、冷静にその様子を見守っていた。どうやらジャージに書かれた僕の名前を見つめているらしかった。
そして不意に彼が「お前、兄ちゃんとかいるか。野球部だった?」と尋ねてきた。僕がそうですと答えると、
「お兄さん元気か?あと〇〇サンとか」と兄の友達の名前をあげながら笑顔を見せつつ、ひざ蹴りを放ってきた先輩をなだめて最終的に僕をかばってくれた。

危険な瞬間はそれが最後だった。兄や、兄の友達たちの存在は、当時思い描いていた一番恐ろしい状況から僕を救ってくれもした。
お守りのような彼らの存在に感謝したのを覚えている。

子供の頃の輝かしい思い出を共有した彼らは、僕にとっては皆兄のような存在であり、それは昔も今も変わっていない。
何かと窮屈な世界になってしまったが、それでもあの頃堤防から海へ飛び込んだ時に見せてくれた笑顔を忘れずに日々生きていて欲しいと、いつも願っている。

 

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