古本屋まるちゃんの人生卑猥っす!
毎朝訪れるゲストハウスのトイレ騒動に動揺しつつも、僕はパリの街を漂流し続けた。
この日は18区、モンマルトルの丘に立つサクレクール寺院へと足を運んだ。パリではルーブル美術館やエッフェル塔に次ぐ王道観光スポットである。
小高い丘に聳えるこの建物。天気も良く、丘の上から見渡せる街区の眺望がとにかく素晴らしい。
純白にきらめくこの寺院の史実や、寺院内の見どころなどを挙げるのはやめよう。
きっと膨大な情報量になるし、そういうのはインターネットでいくらでも閲覧できるので詳しくは記さない。正直、調べるのが面倒くさいというのもある。
それよりも僕が伝えたい、このサクレクール寺院での強烈な見どころは、なんと言っても寺の階段下で待ち受ける「ミサンガ売りの黒人たち」だ。
先ほども書いた通り、サクレクール寺院は丘の上にある。丘にはとても長い階段があり、それを利用しながらてっぺんを目指していくのだが、その階段のふもとや中腹の芝生エリアに怪しげなミサンガをたくさん手にした黒人の商人がいる。
大勢の観光客が階段を上り下りしている中で、彼らは上がることも下がることもせず、海を漂うサメのようにその場所に留まり目をギラギラと光らせている。
そして僕のような貧弱そうなアジア人を見つけるとカラフルなミサンガを振りながらやってくるのだ。
その日は運悪く、僕も彼らのターゲットにされてしまった。
奴らの手口はこうだ。ヘラヘラしながらターゲットの人間に近づいてきて、一体どこで覚えたのか「アニキ~」とか「センパイ!センパイ!」と言った日本語を使いながら賑やかに迫ってくる。
彼らは革ジャンにジーンズ姿だったり、大きめのシャツにラッパーが被ってそうなキャップを被っていたりして基本的に結構イカつい。
そのあとで、よく分からないフランス語をブツブツ唱えながら手に持っていたカラフルなミサンガを強引に巻きつけてくる。そこで彼らはニッコリと微笑み、そして最後にこう締めくくる「20ユーロ(約2000円)な」。一大詐欺集団である。
僕は最初、丘のふもと付近で彼らに絡まれ、何とか黒人たちの押し売りを振り切って階段を駆け上がり、頂上のサクレクール寺院へとたどり着いた。
ホッとしながら寺院の中を一通り見物し、さあ戻ろうかと思って階段を下り始めた。
そんな僕が甘かった。
なんと彼ら商人たちの僕へのマークは依然として続いていて、僕が下りようとしている階段の位置の真下で僕のことを待ち構えているのだった。
丘のふもとから、彼らは頂上にいる僕の行動をずっと監視していたのだ。
僕は思わず足を止め、恐る恐る頂上へと引き返した。そして彼らの待ち構えている場所からコソコソと位置を変え、違う角度から階段を下りようとした。が、そうすると今度は彼らも僕に倣って移動を開始し、あくまで僕の下りてくる場所の真正面にいようとする。本当にしつこいったらない。
サクレクール寺院から下界にたどり着くためには、この広い階段を下りるしかない。
僕がいくらミサンガ売りの彼らとの接触を避けようとして階段を下っても、それに応じて彼らも執拗に僕の真正面を確保してくる。
先ほどは逃げ切ったとばかり思っていたが、実は追い込まれていたのだ。まさに袋の鼠、地の利は完全に彼らにあった。
そんなにあのミサンガを売りつけたいのかよ!ハア、とため息が出た。僕は観念し、ガックリと肩を落としながら、階段を下りてミサンガ黒人たちの待つ丘のふもとに下り立った。
それからが戦いだった。どうしてもあのダサいミサンガを買いたくなかったので強引にごね、強面の彼らに肩を掴まれたり汚い言葉で話されたりしながらも、這々の体で逃げ切った。
朝からとてもエネルギーを使い、消耗した。一人旅だといろいろと怖い思いもする。
そしてサクレクール寺院には二度と行きたくない。