古本屋まるちゃんの人生卑猥っす!

三年ほど前、南米のコロンビアを放浪した。
長年勤務した仕事を辞めた後だったので、時間はたっぷりあった。でも世界は驚くほど広いので、どこを旅すれば良いか決め兼ねていた。

旅好きだった大学の先輩がいて、彼に相談すると、
「瓦を割れ」との命令がきた。瓦を割って、割れた形と似ている形の国が、お前が向かう国だ、とのお達しだった。瓦占いの儀式である。

そんな単純な決め方で、俺の人生果たして大丈夫かなあと思いつつ、当時アルバイトをしていた家屋解体の現場で瓦を拾い、終業後、地面に向かって「エイヤッ」と投げつけた。

割れた瓦は、歪んだダイヤの形を成していて、それを例の先輩に見せたら世界地図を広げて似ている形の国を調べてくれた。
小一時間ほどして、先輩から国名付きでメールが来た。そのメールにはこう書かれていた。
「コロンビア」。

半年後、色々準備をして僕は先輩の占い通り、コロンビアに旅立った。

瓦割りの儀式なんかせずにちゃんと調べていれば、他にも魅力的な国はたくさんあったはずだ。
だけど、大事なことを瓦を割って決めてしまうというくだらなさとその適当さ加減が、ミスが許されない日本の典型的な風土から完全に逸脱しており、いかにも自由な「一人旅」っぽくて、僕はいまだにあのワイルドな決め方が気に入っている。

さて、南米の最北端に位置するコロンビアだ。赤道直下の熱帯地方、12月でも30度を超える猛暑日が続く。コーヒーの産地であり、宿泊した宿ではコーヒーの飲み放題が当たり前。サルサダンスとビールをこよなく愛する人々が集う、陽気な国だった。

一方で、コロンビアはコカインや大麻などの麻薬大国であるという評判も根強く、出国する前は色んな人に「お前は絶対死ぬ」と烙印を押され続けていた。

成田空港から30時間ほどかかってコロンビアのカルタヘナという海岸都市に到着した。一番最初に泊まったゲストハウスには、カルタヘナ大学に通うコロンビア人の学生が働いていて、彼は何と日本オタクだった。

ロクに語学の勉強もせずスペイン語圏に飛び込んでしまった僕は、到着した翌日、いきなりその男の子が流暢な日本語で話しかけてくるのでびっくりしてしまった。日本から1万キロ以上離れた異国の地に降り立ち、しばし日本語ともおさらばといった具合だったのに、次の日にはコロンビア人の口から日本語を聞いていたのだった。

コロンビア人の学生に「誰に日本語を習ったの?」と日本語で聞くと、以前JICA(国際協力機構)で派遣されてきた日本人女性がいて、その人から教わったという。
加えてコロンビアのTV放送では「アニマックス」のようなアニメ専用チャンネルも流れているし、インターネットの違法サイトで日本のホットなアニメも観ているという。

彼の大学の友達もまたアニメオタクで、僕がその宿に滞在している間、何人もの日本オタクの大学生と知り合いになった。
僕はそこで、アニメの国からやってきた貴重な日本人客という扱いを彼らから受けた。気づいたらコロンビア人のアニメオタクたちに囲まれていたのだ。

そのゲストハウスで彼らとなぜか「とらドラ!」を全話観た。「君の名は」も初めて観て一緒に感動した。
日本を出発する前は、様々な人に「コロンビアはマフィアだらけだから、くれぐれも死ぬな」と言われていて、心底怯えていたが、本当はマフィアではなくアニメオタクだらけだった。

この展開は全く予想していなかったので僕はすっかり毒気を抜かれてしまった。旅は想像だにしてなかったことが次々に巻き起こるから楽しい。

彼らは「いつか日本の、東京に行くのが夢だ!」とキラキラした目をしながら言っていて、友達同士で北斗の拳のOP曲を歌ったりジョジョの奇妙な冒険の名ゼリフで会話のラリーを交わしていた。

日本の外側から、日本の文化ってすげえな、と純粋に感動した。彼らから見たら、きっと日本は面白いオモチャがたくさん詰まった宝島のように映っているに違いない。

そしてコロンビアの大学生たちもまた凄かった。正直僕は南米の知的水準はそこまで高くないだろうと踏んでいたけど、いきなり現れた彼らはスペイン語、英語に加え日本語まで話せてしまうトリリンガル。
「好き」という情熱だけで異国の文化や言語をどんどん吸収していく姿は末恐ろしかった。そして彼らはまだ大学生である。

日本の裏側から、思い切りまくられてしまった感じがした。今は状況的に渡航することができないけど、僕たち日本人は怖がってないでもっと海外に出て、色んなものを見て危機感を味わわないとやばいと思った。
日本はもうダメだとか、衰退国だとか言っている場合じゃない。文化も言語も違う、彼らのあの強烈なパッションと日本への熱い眼差しに出会えば、こちらもジワジワと生きるボルテージが上がってくる。

地球の裏側では訪日を夢に目を輝かせている若者がいて、その夢の国に住む日本人は、夢を諦めてうつむいてしまっている現状だ。そんな時こそ解体現場で瓦を拾ってきて、瓦割りの儀式をトライすべきだ。
地図帳を開いてお待ちしております。

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