古本屋まるちゃんの人生卑猥っす!
大学3年の一月。僕の周りの友達は皆一斉に就職活動を開始した。企業の合同説明会、エントリーシートの書き方、企業面接。リクルートスーツに身を固め、少しでも安定し、給料の良い、世間から評価の高い企業に気に入られようと誰もが必死だった。もう十年以上前の話だ。
かくいう僕も御多分に洩れず、何とか周りから落ちこぼれないように、就職できなくて目立ってしまわないようにと毎週毎週会社の門を叩いた。
結果から言うと僕の就職活動は大失敗だった。そりゃそうだ。大学には毎日通っていたものの、そこから学べたものはとんどなかった。中途半端に毎日を生き、だらだらとサークルに通い、異性のお尻ばっかり追いかけていたのが僕の大学生活だった。企業面接で、会社の人事担当の人たちに胸を張って売り込む自分など、どこを探してもなかった。
大学4年になり、ゴールデンウィークを過ぎた辺りからチラホラと内定をもらう人が出始めて、僕は完全に取り残された気分になった。その頃には企業訪問で出会う人々に自分を繕うことに疲れを感じていた。正直、二十歳そこらでやりたいことなんて特に無えよと思っていた。加えて、どうやら僕はウソがあまり上手ではないらしい。その気持ちを抑え切れない、自分を偽ることのできない人間にとって、内定獲得ゲームは泥仕合になる。それでも来年の4月には社会人にならなければいけないと言う周りからのプレッシャーと、自己分析が足りないせいでいつまで経っても内定をもらえない企業の間に挟まれ、僕はカラカラに干からびたスポンジのようになっていた。
就活の帰り、東京のある本屋さんで手に取った本がある。石田衣良さんの「目覚めよと彼の呼ぶ声がする」というエッセイ集だ。この本のエッセイの一つにSF特集があり、石田さんお気に入りのSF小説について書かれていた。就活でくさくさしていた僕は、気晴らしにSFでも読んでみるかなと思い、そのままその本屋さんのSFコーナーへ。あまり読んだことのないSF小説の名作を探すのはとても楽しい行為だった。今、新刊を取り扱う本屋さんで、SFの書棚の売り上げは絶望的だと言われているが、スターウォーズ然り、アベンジャーズ然りと、ヒットする映画はそもそもSFが多い。石田衣良さんのエッセイを読んでからというもの、僕はSF沼にすっかりハマってしまった。
就活そっちのけで読み耽ったSFの名作たちは、文字通りの現実逃避と心地よい背徳感を味わわせてくれた。僕の頭の中には現実と妄想世界という二つの世界が出来上がっていて、現実に疲れを感じたら、もう一つの世界に逃げ込んでしまえばいいのだと思えるようになった。就活は僕をとことんまで追い詰めたけれど、同時に素敵な出会いももたらしてくれたのだった。
今のこのコロナ情勢も、あの頃と似たものを感じる。就活時は毎日が面接だったけど、今は毎日が自粛だ。だけど僕が就活生の頃そうだったように、辛い日々は、同時に何か新しいものに出会うチャンスもある。
今回は僕が読んできた中で面白いと思ったSF小説を少し紹介しようと思う。SF小説が、少しでも気分転換のきっかけになってくれれば良いなと思っている。
●華氏451度
華氏451度は、本の材料である紙が燃え始める温度のこと。この本は、読書や本を持つことが禁止された近未来を描くディストピア小説。作者はレイ・ブラッドベリ。この世界では本を所持していると、「ファイアマン」と呼ばれる政府の役人たちがやってきて、火炎放射器で「焚書」されてしまう。本を有害な思想を育むものとして人々から取り上げることで、国民の意識を一つにまとめ、国を安定化させようとする政府に狂気を感じてしまう。「文化」を排除された人間がどうなってしまうのか、そんな世界で本がどのような形で残されていくのか。人間社会と本にまつわる「焚書」のおはなし。映画化もされている。
●銀河ヒッチハイク・ガイド
銀河ハイウェイ建設の予定地に地球が該当してしまい、物語の序盤でいきなり地球が破壊されてしまう。銀河ヒッチハイク・ガイドは、地球破壊前にたまたま宇宙空間に脱出する事ができたイギリス人のアーサーと、その友達の宇宙人フォードによるコメディ銀河放浪記。作者はイギリスの脚本家、ダグラスアダムス。映画化もされていて、宇宙人フォード役はあのラッパーのモスデフ。イギリス人の友人の話では、この作品はイギリスでは長きに渡り人々に支持され続けている名作だけど、話がむちゃくちゃ長くてまだ追いきれていないとのことだった。河出文庫から出ているこの翻訳本はページ数も少なく、この一冊でも十分楽しめる。イギリス人特有のユーモアと、シリアス要素の一切ないドタバタ感が含まれた最高のコメディSF。
●ニューロマンサー
電脳空間を舞台としたサイバーパンクSF。映画「マトリックス」が人間の後頭部にプラグを挿し、仮想世界マトリックスにジャック・インするあのアイデアは、ニューロマンサーからもたらされている。作者はウィリアム・ギブソン。
コンピュータ・カウボーイと呼ばれるハッカーの主人公ケイスが、ある仕事でドジを踏み、依頼主の制裁で電脳空間にジャックインできない体にされてしまう。仕事ができなくなったケイスはドラッグ漬けのひどい暮らしをしていたのだが、ある日電脳空間再帰をかけた「ヤバイ」依頼が舞い込んでくる。
正直読んでいてわけがわからなくなった。「時計仕掛けのオレンジ」を読んでいるような造語がたくさん出てくるし、とても読みにくい。
それでも僕がこの本を面白いと思う理由は、今までのSF小説の舞台が、広大な宇宙やとんでもない未来だったのに対し、このニューロマンサーはコンピュータの中に人間の意識を投入してしまうという奇抜なアイデアが、とても斬新だったからだ。
加えてこのニューロマンサーには「千葉市(チバ・シティ)」や「ヤクザ」などが登場し、科学技術だけが発達した気味の悪い日本の近未来をイメージさせてくれる。クールな魅力を持った作品。
●すばらしい新世界
全てが満たされた架空の未来を描くオルダス・ハクスリーのディストピア小説。人間はお母さんのお腹の中で生まれず、培養ビンの中で誕生する。培養中に睡眠学習が施され、その時から能力、知能が選別されていて、生後にはアルファ・プラスやガンマ・マイナスと言った階級が与えられる。階級に応じた仕事もちゃんと与えられる。病気になることはなく、セックスは娯楽の一部であり一人に縛られない。死ぬまで表面的な若さを失わない。落ち込んだ時は合法麻薬「ソーマ」でハッピーな気分に。
主人公のバーナードは上層階級のアルファ・プラス。何不自由ない生活を続けていた彼は、ある日恋人と「蛮人保存地区」に旅行に出かけ、そこで「シェイクスピア」なる本を愛読するジョンに出会う。
人々は皆幸せで、何の疑問も持たずに完璧な生活を送っているはずなのに、何かが足りない。読み進めるうちにそんな思いが頭をよぎる。作中たびたび登場するシェイクスピアの美しい引用が目を引き、このすばらしい世界に欠けたものが段々と浮き彫りになっていく…
SF小説では、大きな権力を持った政府や機関が国民を統制する話が多いけど、どの作品も「人類にはどういった社会が一番望ましいのか」ということを実験的に描いている点が面白い。現実逃避の気分転換で読んでいたつもりが、いつの間にか社会について改めて考え始めている自分に気づくだろう。
SFが取り扱うレンジの広さは一般の小説の域を超えているので、壮大なテーマを掘り下げる時に良い発想の材料になる。今世界では、コロナウイルスが蔓延してからあらゆる経済活動が失速し、それにより多くの人々が困難に直面している。経済ファーストで動いてきた資本主義社会が一つの岐路に立たされている気がする。
せっかくの長いお休みだし、SF沼にハマってたくさん本を読んで、コロナ収束後の人類の未来をゆっくり考えてみてはいかがでしょうか。