古本屋まるちゃんの人生卑猥っす!

初めての海外一人旅は南米だった。

コロンビアのカルタヘナという港町の空港に降り立った僕は、これから人生初の旅が始まるという期待と、住み慣れた日本からあまりに遠くに来てしまったという事実に、頭がクラクラとした。

強烈に吹きつける海風。舗装されていないデコボコとした道路から舞い上がる砂埃。大地を焦がすようにジリジリと照りつける赤道直下の太陽。そしてその中を陽気に行き交う日焼けしたラティーナたち。

「アミーゴ!タクシーはいかが」

空港のエントランスに群がる何人ものタクシードライバーの勧誘を切り抜けた頃には汗だくになっていた。

暑さと動揺でフラつきながらも、なんとか市街地行きのバス停を見つけ乗車することに成功。ホッとしたのもつかの間、そのバスは予想以上の混み具合でほぼ満員状態だった。
日本を飛び立つ前に、コロンビアがあまり治安の良くない国だということを友人たちから散々聞かされていたので、コロンビア人たちに囲まれたこの状況が急に恐ろしいことのように思えてきた。
いつ彼らに襲われるかわからない。僕はナップサックを自分の体の前方に背負い、お財布の位置を確認しつつ、ジーンズのポケットに入れた数枚の紙幣を握りしめた。
小さなバスはそんな僕の不安をよそに、大勢のコロンビア人と日本人の僕ひとりを乗せ、荒波が打ちつけるカリブ海を沿うように走り抜けていく。

カルタヘナ空港で両替したこの国の通貨、コロンビアペソは早くもジーンズの中で汗でふやけ、飛行機の中であれだけ予習した「ペソ⇄円」の換算率は汗滲みのついたポケットの中のお札のように、ぼやけて不明瞭になっていた。

見慣れない景色、扱ったことのない紙幣、聞き慣れない言語、バスの中で僕を取り囲む大勢のコロンビア人。分からないことだらけの環境の中で、自分はこれから旅をしていかなければならないのか。僕は狭いバスの中、人知れず引き裂かれるような孤独を感じていた。

バスは次第にカリブ海に背を向けるように市街地へと近づき、城壁の側を通り過ぎ、目的のバス停にたどり着いた。

そこは停留所の中でも主要なバス停だったらしく、多くの乗客が我先に降りようとした。僕は濁流に飲まれるように乗客に押し流され 、気づくと運転手の前に立っていた。

頭の中が真っ白になっていた僕は思わず運転手に向かって「Cuanto(いくら)?」と尋ねると、

「トレスミル(3000ペソ)だよ」

と教えてくれた。焦りながらポケットから紙幣を取り出し、50000ペソと書かれたお札を渡そうとすると彼は苦笑いを浮かべた。
お釣りがないらしい。困った。50000ペソは当時日本円にして約2000円。釣りはいらないと言える金額でもないし、運悪くポケットに入れておいた紙幣は全て50000ペソだった。
ナップサックの奥深くに仕舞い込んだ財布を取り出すべきだろうか、そうこうしている間にも順番待ちの列ができていく。僕は完全に泡を食ってしまった。
その時、僕のすぐ後ろで声がした。

「トランキーロ」

振り向くと40代くらいのコロンビア人の男性が自分の財布を広げ、僕の50000ペソを指差している。
その男性は僕からお札を受け取ると、それを自分の財布の中のお金で細かく崩してくれ、同等の金額を再び僕に渡してくれた。
事なきを得、無事に下車できた僕はその男性に心から「グラシアス(ありがとう)」と感謝した。

男性は温かな笑みで「トランキーロ(まあ落ち着けって)」と言い、人混みの中へ溶けて行った。
コロンビア人の優しさに初めて触れた瞬間だった。僕はバスの中で彼らに抱いていた恐怖心を恥じた。いくらか落ち着きを取り戻した僕は、道に迷いながらも何とか宿にたどり着くことができた。

それから南米を旅する中で、僕は何度もこの「トランキーロ」というスペイン語を現地の人々から言われた。

どうやら僕は、彼らから見ると相当に焦りまくっていたらしい。でもその度に彼らにこの言葉をかけられ、いつしかトランキーロという言葉は僕の身体に染み込んでいき、慌てそうになるとおまじないのように心の中で「トランキーロ、トランキーロ」と唱えた。

せかせかした国からやってきた僕は、この言葉を授けてくれたコロンビア人たちを観察した。彼らは日々の仕事もそこそこに、ビールを飲み、サルサを踊り、楽しそうに生きている。
年齢を重ねることに抗わず、食べたいものを食べ、飲みたいものを飲み、堂々と太る。そんな彼らを目の当たりにして「人間はこんな風に生きてもいいのだ」と思わずひざを打ったものだった。彼らの暮らしの根っこには正に「トランキーロ」という言葉がある気がした。人は言葉でできているんだなあと、彼らを見て改めて思った。


日本語で嫌いな言葉がある。頑張るという言葉だ。あれは日本人の精神を特徴づける言葉の一つで、外国語での翻訳は難しいと思う。ひと昔前は、頑張れば何かしらの報いがあった時代だったのかもしれないが、今は頑張るという言葉が時代に追いつかなくなってきている気がする。明らかに時代錯誤な言葉だなあと感じる。

僕自身、親や学校の先生に受験、就活時と節目節目に「頑張りなさい」と言われ続けた。たぶん彼らも目上の人々に「頑張れ頑張れ」と言われ続けたのだろう。その言葉を信じて頑張ってみたものの、残念ながら良い結末が待っていることはなかった。
最近になってその原因がわかってきた。

人は好きでもないことをいくら頑張ってみたって全く成長しないのだ。

僕の周りでも楽しそうに生きている人たちがいる。彼らに共通していることは、皆一様に自分の「好き」を伸ばし続け、生きがいを感じながら周りの人々を楽しませているのだ。彼らのそうした姿は微笑ましいし、生きる勇気を貰える。

そのような人たちを見ると大抵の人は、「あの人は涙ぐましい努力をしてきたに違いない」と評価しようとする。もちろん努力もたくさんしただろうけれど、彼らからするとただ好きなことを続けているだけなので、もしかしたら努力しているという認識すらないのではないか。肩の力が抜けていてストレスも少ないだろう。どこか南米の「トランキーロ」の意識に通じるものがある。


今、好きでもないことを頑張ってしまっている人がいたら僕は隣で「トランキーロ(まあ落ち着けって)」と囁いてあげたい。好きでもないことは長続きしないし、精神衛生上ひじょうによろしくない。何より、好きでもないことに構っていられるほど人生は長くないはずだ。

魔法のことば「Tranquilo」。
この言葉は今でも、僕の日々の動きと精神の軸をしっかりと支えてくれている。

 

前の記事へ

シリーズ「古本屋まるちゃんの人生卑猥っす!」の記事一覧