日常の非日常 ge-cの頭ん中

どうも。
ge-cです。

今日はなんとなく、
僕の生い立ちというか、自己紹介をします。

1981年(昭和56年)、伊豆の国市(旧大仁町)で高梨家の長男として生まれました。

小学校低学年の頃は、自分でいうのもアレですが、いわゆる「人気者」で僕の周りにはいつも友達が集まってくる。
そんな感じでした。
あの頃が人生のピークかもしれませんw

それが、小学校4年生の時に、父親が「ハゲてきて」絶望します。
「自分も禿げるのかぁ」と、一気に性格が暗くなります。

そっから、育毛に関しての本や、ネットでありとあらゆる「ハゲない方法」を調べて、10歳の頃から、その全てを実践してきて、今にいたります。
その甲斐あって今も毛があります。
もしかしたら、僕のノウハウがビジネスになるかも。と密かに思っています(笑)

小中学校と野球をやってました。
こう見えてずっとキャッチャーでレギュラーだったのですが、
最後の最後の大会だけ、背番号12になり、補欠になりました。
それが初めての挫折でした。
超泣きました。
今となれば、あの経験があってよかったです。
「自意識の高い自分」と「人にどう思われるかを気にしすぎる自分」と向き合えたと思います。

こう見えて、小中学校の頃は、常に学級委員をやるようなタイプでしたが、
中学校の卒業式では、誰からも「第2ボタンを下さい」と言われずに寂しい卒業式を迎えます。

高校に入って、バンドを始めます。
こう見えて(が多いですが)、ベースをやりながらボーカルをやってました。

高校1年生の時に、初めて付き合った女の子に2週間でフラれ、1年間引きずります。
失恋の辛さを初めて経験します。
物凄く辛かったですw
今となれば、あの経験があってよかったです。
良い意味で「人生は自分の思い通りにはいかない」というのを学べたと思います。

大学に入りますが、何も勉強せず、ずっとバンド活動をやってましたが、自分の下手さに挫折して、その頃、ちょっとウツっぽくなり、半年で大学を中退します。

19歳の半年間、家でニートというやつになります。
家でずっと寝てました。

そろそろマズイと思い、
求人誌を見たら、当時「よってこや」というラーメン屋の新規オープンのバイト募集があったので、そこで働き始めます。

半年で社員になりましたが、
当時の僕はいろいろと葛藤して、いろいろと悩んでました。
社員になって、1年経って、仕事が辛すぎて、マネージャーに辞めたいと言いました。

すると、マネージャーは、
「今やめて、次の仕事に行っても、すぐやめるだけだよ。その繰り返しだよ。自分が変わらなければ、結局、カタチを変えて、同じぐらいのレベルの壁にぶつかるだけだから。」みたいな事を言ってくれました。

そこで、物凄くしんどかったんですが、それから3年間続けました。
すると、ある日「ふと楽になる瞬間」がありました。
あの時、やめなくてよかったです。

24歳の時に、
麺屋中川で働き始めます。
大将に「3年後、独立したいです。」と約束して働き始めます。

約束通り、27歳の時に、
物件も決まって、手付金10万円も払って、いざ開業するぞ!
という直前で自信をなくして、独立するのが物凄く怖くなり
結局また、麺屋中川で大将にお世話になります。

麺屋中川香貫店の店長を3年間やらせてもらい、初めて必死でがんばって、

ようやく30歳で
ろたすを開業できました。

今、ろたすを開業して、6年が経ちます。

ろたすを開業してから、
今でも定期的に見る夢があります。

ラーメンを作りたくても作れない夢です。
お客さんは来てるのに、どうしてなのか作れない。
オーダーはたまる一方です。
満席になり、外にも行列はできる。
僕は焦って、がんばってラーメンをつくろうと思っても、どうしてもなんらかの邪魔が入ってラーメンを作れない。
お客さんからのプレッシャー、視線がとても痛い。
そして、焦る。

みたいな夢を見ます。

予知夢とか夢占いとか、僕は詳しくないので知りませんが、これってどういう意味があるのでしょうか。

まぁ、自己紹介から、話はそれましたが、
何が言いたいかというと、いろいろ辛い経験も遠回りもしてきましたが、それらを経て今の自分がある訳で、全て経験できてよかったです。

先輩がいつだか
「人は恋愛と仕事からしか学ばない」と言ってましたが、本当にそう思います。

という訳で、
これからの人生まぁ、がんばりま〜っす。

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