古本屋まるちゃんの人生卑猥っす!

20代の頃、鹿児島県の沖にある「硫黄島」という離島に行ったことがある。
この硫黄島は「三島村」とも呼ばれ、都市間交流の関係で西アフリカの伝統打楽器「ジャンベ」を本格的に学ぶことのできる村営のジャンベスクールが存在している。

三島村には面白い留学制度があり、このジャンベスクールで毎年一度、「ジャンベ留学生」を募集する。面接の結果、ジャンベ留学生に選ばれると、半年間この三島村に滞在でき、村からの支援金をもらいながらジャンベのイロハを学習できるのだ。

このジャンベスクール「TTMジャンベアカデミー」の留学プログラムを受けた人で、将来的にプロのジャンベ奏者となって活躍している人は多い。
もちろん、海外からの留学生も募っている。道に迷った人は応募してみるのも面白いと思う。

僕の大学の先輩にもこのジャンベ留学生になった人がいた。
僕自身は社会人だったので、留学制度を受ける時間がなかったものの、先輩の紹介で「チアフルマーク」という鹿児島のジャンベ屋さんが夏に一回開催する「硫黄島ジャンベ合宿」という3泊4日のジャンベ体験に参加させてもらった。

この頃僕は、作家の椎名誠さんの「わしらは怪しい探検隊」に憧れを抱いていた。
休日になると日本の色んな離島に出かけて、友人たちと焚き火を囲みながら野営をしたり釣りをしたりする遊びを積極的にやっていたのだが、このチアフルマークさんが主催する「硫黄島ジャンベ合宿」は、出会う風景、集まった人、残った言葉と全てが予想以上な旅だった。

硫黄島への行き方は、鹿児島の南端から出ている村営の定期船「みしま」に乗っていく。
思えば僕は、この時期が一番フェリーに乗っていた気がする。船旅は旅情を感じる手段の一つだと思う。
甲板から潮風を感じたり、または船内で寛ぎながら、流れゆく海の景色を眺めたり。

硫黄島は鹿児島の端から4時間ばかり沖に出たところにあるが、沖に向かって進めば進むほど、海の色がどんどん変化していく風景はとても不思議だった。
七色の海とは良く言ったものだと当時思った。

硫黄島に到着して驚いたのが湾の海水だった。
硫黄島の海岸線は、湧き出る温泉が海水と反応し、赤褐色に染まっているのが特徴的だった。茶色く濁った海を見るのは初めてで、ここが日本であることがにわかに信じ難かった。

このジャンベ合宿には、度を超えて面白い人たちがたくさんいた。
そもそもこの情報社会の濁流の中で、ジャンベ合宿を発見した強者たちだから、面白い変人たちが集まるのは当たり前なのだけど。
チアフルマークさんのジャンベ合宿は毎年夏に開催されるが、開催されるたびに面白い人が集まり、みんなチアフルの仲間になっていく。

新卒から真面目に会社員をやってきた自分から見て、彼らは一人一人が自分自身と向き合うことで、圧倒的に自由な生き方を獲得していた。
人間はこんなに自由で良いんだという良質なショックがあり、目から鱗がばらばらと剥がれる思いがしたのを覚えている。

初めて体験するジャンベという楽器。ヤギの皮と硬い木をくりぬいてできたこの楽器は、人間の本能を揺さぶるような原始的な音色が特徴的だ。

慣れない打楽器は想像以上に硬く、3泊4日の集中レッスンによって叩きすぎた指はテーピングだらけになった。
ジャンベ合宿から帰ってきても、ここで仲良くなった人たちと当時の思い出を振り返る時、必ずこのテーピングの話が笑い話にあがるほどだ。

7月の硫黄島は暑かった。夏の日差しが照りつける中、スクールの教室でジャンベを叩いているだけで汗まみれになる。
朝起きて美味しいご飯を食べ、レッスンで大量の汗をかき、外に出て冷えた水を被り、火照った身体を冷ます。

合宿中は、このシンプルな営みがとても心地良かった。鼓膜に響くジャンベの鼓動と夏の開放感、汗をかいて水分を摂ると言った単純な行為。
仕事ばかりの人生を送っていた僕にとって、その4日間のジャンベ経験は、人間として生きる本能的な実感を呼び覚ましてくれた。

合宿の夜はいつも宴会になった。三島村ジャンベスクールの芝生から見上げた満天の星空は一生忘れないだろう。

ジャンベ留学生としてこの硫黄島にやってきて、この島に魅了されてそのまま島民となった男性の方が、ある夜、僕にこんなことを言ってくれた。

「男は倒れるときは前に倒れるもんだ」

僕たちは日々生きていかなければならない。辛い時もあるがそれでも前に進んでいく。前進していれば、もし途中で倒れても前のめりの格好になる。
男の生き様とは得てしてそういうもんだと、彼は教えてくれた。
この言葉を思い出すといつも、身体中の血がマグマのように熱くなり、ジワジワとやる気が湧いてくる。

硫黄島ジャンベ合宿の旅は全てが新鮮だった。美しく様変わりする鹿児島の海。健康的な汗。夜みんなで飲んだホワイトベルグのロング缶。ジャンベを叩きすぎて腫れ上がった指の痛み。その全部が心地良かった。

APU(立命館アジア太平洋大学)の学長である出口治明さんが著書の中で、これからの日本人が今後とるべき行動指針として、「人、本、旅」を提唱している。
コロナの状況下で「旅」は縁遠いものとなってしまったけど、その中でもできるだけ面白い人に会って面白い話を聞き、面白い本をたくさん読むこと。

いま僕は「月刊イヌ時代」というコラム誌をつくっているが、この行為は出口さんで言うところの「人」と「本」にあたる。活字を読み、面白い人に会い続けるための装置としても機能させている。

日本人の生産性は現在、先進国の中で最下位だと聞くけど、僕は硫黄島の旅で出会った様々な経験を通して、出口さんの言うように「人、本、旅」の生活を目指せば、人は青天井で成長していけるんだと実感している。そしてそれは何歳になってもできることだと思う。

とにかく今回は、この言葉でコラムを締めくくりたい。

「倒れるときは前のめり!」

 

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