ばやとエッセイ

お疲れ様です。

ここ最近(23年)言葉が好きだなっと思って書きたくなりました。

言葉ってすごいと思うのです、ひとつ付け足すだけで、嬉しくなったり逆にちょっとイラッとしたり。寧ろ言葉を引いてみて無言になって居心地が良くなったり悪くなったり。ほんの些細な違いでこんなにも結果が変わるのがおもしろくって、。

僕は昔は言葉がきついとよく言われてました、

言葉を、テキトーに扱っていて、言わなくていい一言を放ってしまったり、逆にここぞ!って時に「ありがとう」「ごめんなさい」を謎の照れ臭さで言わなかったり。その結果、人を悲しませたり、自分自身も悲しくなったり、今思うと月並みですが若かったなと思うのです。そんな時、これも月並みですが、どっかで言葉の使い方みたいな物を見ました(もう昔すぎて記憶が曖昧笑)

そこから僕は言葉を大切に扱おうと意識し始めました。

まずは、照れ臭くても「ありがとう」はちゃんと伝えようと。「ごめんなさい」は多分日頃から言っていたと思うし、悪い事したら謝るってやってたと思うのですが、「ありがとう」ってあんまり言えてなくて、思っていてもどこか当たり前にしてて本人には全然伝えてなくて。だから何かしてもらったら「ありがとう」って沢山言おうと。

そしたら、色んな気づきがあって、単純に「ありがとう」ってこんなにも言ってなかったたんだ俺って思ったし、「ありがとう」って思ってても言わなきゃ伝わらないって知りました(文章にすると当たり前だと思う笑)、伝えたらどういたしまてって相手が笑顔になってるのをみて実感として言葉の重みを知りました。他にも色々と気づけました。

言葉が変わると見える物も変わりました、今まで見過ごしていた「ありがとう」が沢山ありました

家とか学校の廊下とか(?)いつも綺麗なのは誰かのおかげ様のありがとうが落ちている事とか、

ハロウィンとかイベントで友達がお菓子をくれたりするのは自分の事を考えてくれて大切にしてくれていたありがとうとか(?)ありがとうがそこら中に転がってました笑笑。

大切に扱わないとこんな当たり前な事にすら僕は気づけなかったです。今もまだ見過ごす事ばかりだけれど。

だからこそ、良い事も悪い事もちゃんと伝えるのは重要だと思います、勿論ことばのよさを最大限使って付け足したり、引いたり、言葉を(ニュアンス)変えたりして言葉を大切にしてその奥の方にある「人」を大切に扱うように。

こんな事言っても現実、感情はあるから無理だよ!!ってよく友と話します笑これは間違いなくそうです、綺麗事だけじゃやってけないから、

ので、僕は遠慮はしない、するのは配慮と思って心がけるようにだけはしてます、きっとどんだけ考えても全員にとって正解な言葉はひとつもないからそれぞれに寄り添える言葉でいたいと思います。

といってもやっぱり、たま〜に、いや結構言葉間違えてしまうし、上手く伝えれない時のが多いですね。そしたら「ごめんなさい」って謝れるようにしていたいですね間に合わなくなる前に。

書いていたら自分と関わってくれている人達にちゃんと伝えたくなってきましたね。いつもありがとうって、。

ことば、って素晴らしいですね。エッセイは書き始めたばっかりで上手く描けませんが、読んでくれて「ありがとうございます」。

前の記事へ

シリーズ「ばやとエッセイ」の記事一覧