古本屋まるちゃんの人生卑猥っす!
南米はコロンビア。その国にメデジンという都市がある。もう4,5年も前の話だけど、そのメデジンを一人で放浪していた時だった。僕は運悪く強盗被害に遭ってしまった。
現場はメデジンの中心部から少し北上した住宅街。その日、僕は夕飯の買い物を済ませ、一人で宿へ帰ろうとしていた。
すり鉢状に展開するメデジンの街並みは坂道が多く、街路樹が美しい。
「常春」と呼ばれていて気候も穏やかだ。そんな陽気に気が抜けていたのか、気づくと一発でやられていた。
その日は小雨が降っていて、視界も悪く傘を持っていなかった僕は、早く宿にたどり着きたくて早足で帰路を急いでいた。
気がつくと、5メートルほど手前に二人組の黒人が迫っていた。その黒人の一人が、僕の目の前でバサッ、と着ていたブラックのレザージャケットをなびかせた。ひらひらと宙に舞うジャケットの裾。
なぜかスローモーションに見えて、あの光景は今でも鮮明に覚えている。
戦闘開始の合図だ。
あっやばい。そう思った時には遅く、僕はそのジャケット男に胸ぐらをガッチリと掴まれていた。そいつは身長が高く、力もかなり強かった。
もう一人の小柄な黒人が僕の背後に回り、身動きのとれない僕のズボンを探り始めた。
ポケットに入っていた財布を素早く取り上げ、2万COP(コロンビアペソ)の紙幣を強奪。
続けざま、反対ポケットに入れていたiPhoneを抜かれた。
まだ何か持っているだろう、と言ったのか、長身の黒人がスペイン語で何か話しながら僕の胸ぐらを揺すった。夕飯の材料が入っていた買い物袋が、手の中で踊った。
が、お金と携帯電話を奪い取って満足し始めたのか、結局買い物袋に入っていた食材には興味を示さず、取り上げられることはなかった。
胸ぐらにかけられた凶暴な圧力がゆっくりと解けていき、僕はようやく強盗二人組から解放された。
が、頭の中でスマホだけは持っていかれたくない、という気持ちが働いてしまった。
旅ではスマホが重要だった。調べ物をしたり、飛行機のチケットを予約するための大事なツールだ。旅の動向の大部分はスマホが握っているといって良かった。
僕は自由になった手で小柄の黒人が奪ったiPhoneを握り返し、
「携帯電話は返して下さい」
と懇願した。それがいけなかった。
レザージャケットを着ていた長身の黒人はすぐに敵意を取り戻し、僕に向かってジーンズのポケットから得物を出す素振りを見せた。
これ以上はやばい。僕は掴んだスマホを離し、両手を挙げ降参の意思を示した。
やつらは僕の方を時々振り返りつつ、足早に坂道を下っていった。
後で知ったのだが、このメデジンで少し前に僕と同じように一人旅をしていた東京の大学生が、僕と同じように近隣住人に荷物を強奪され、彼はその後殺されている。
その大学生は、奪われた貴重品を諦め切れずに追いかけてしまったため、返り討ちに遭い殺害されたと報じられていた。
僕も彼と同じように、悔しさと焦りに負けて彼らを追いかけていたら…今思うとゾッとする。
海外は気を抜くとすぐに命を落とすんだと学んだ。
僕の先輩に旅好きな人がいて、彼は主にパリに滞在していたが、フランスは強盗はないがスリ天国で、滞在中に何度もスリ未遂に遭ったと話していた。
先輩がパリのメトロ(地下鉄)を降りてエスカレーターに乗っていた時、背後で気配がした。
何気なく振り返ると、自分のリュックのファスナーを堂々と開けて中を漁っているスリと目が合った。
自分の悪事がバレたスリは、お茶目にニヤッと微笑んでから、駆け足で逃げていったらしい。
先輩の経験では、パリでスリを働くヤツはだいたいカナダグースのニセ物ジャケットを着ているらしい。
日本でも冬になるとカナダグースの上着をこれ見よがしに着ている人を見かけるが、僕は先輩のスリ話を聞いてから日本でカナダグースを身にまとうオシャレ人間を発見すると、ほくそ笑んで「スリ野郎め」とつぶやいている。
メデジンで貴重品を強奪されるか、パリのメトロ内でスられるか。どちらがマシだろうか。
一つ言えることは、どちらも日本ではまずあり得ないということだ。
日本は平和で良い。